らくふぉと。

写真を楽しくお気楽に。

FUJIFILMの炎上騒ぎで興味深いワードを見たので考えてみる。


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こんにちはひぃ〆です。

ここ数日カメラ界隈を騒がしている

FUJIFILM X100V

fujifilm-x.com

めっちゃカッコイイです。

お値段が税込18万円と高価なので手が出ません(´;ω;`)

X-T30ちゃんを生贄に出しても全く手が届かない・・・

私のお財布事情は置いておいて。

 

 

 

せっかくカメラはいいのですがこれですよ。

news.yahoo.co.jp

詳しくは上記のリンクのとおりです。

やっちまいましたね。FUJIFILMさん。

 

それでね。

当然賛否両論・・・

といってもほとんどが否定的な意見なわけですが。

 

そこで色々な意見があるなーと情報を見ていたのです。

とあるブログでなかなか興味深いワードを見たんですよ。

今回の騒動を受けてスナップやストリートフォトについて言及していたのですが

 

撮りたいもエゴ

撮られたくないもエゴ

 というワードを発しました。

何これすごい!!

初見では全く意味のわからない言葉です。

 

 

以下考察に入りますが

このワードを発したブログ

騒動を起こした写真家

メーカーについて物申す訳ではありません。

単純に考察したいだけです。

 

 

そもそもエゴとは?

ja.wikipedia.org

おそらくエゴイズム(利己主義)のエゴだろうと推察して考えてみる。

 

撮りたいエゴ

うん。これはわかる。

他人のことを考えないでバカバカシャッター切って、不快感を感じる他人がいれば「自分勝手なやつだな」となる。

今回の騒動は写真家の撮りたいエゴ

・本人は芸術・作品・記録のためエゴとは思っていないはず

・撮影風景をみた視聴者は「おそらく許可を取っていない他人を勝手に撮っている自分勝手な撮影者」と判断した。

 

と考えると第三者からみると

撮りたいエゴは成立するのではないか。

 

では

撮られたくないエゴ

とは何なのか。

撮られたくない利己主義である。

 

登場人物を

・人を交えて撮りたい風景や街角を撮りたい「撮影者」

・撮られたくないエゴの人を「私」にして整理しよう。

 

・「撮影者」と「私」は全く面識のない他人である

・「撮影者」は権利を侵害する意思はない

・「私」はいついかなる時も写真に写りたくないエゴイスト

 

「私」はどういった状況でエゴを発揮するのかが問題である。

・件の動画で撮られている状況は撮られたくないエゴとは言えないと思う。

明らかに道を歩いていただけの「私」の目の前に立ちはだかり撮影されると撮られたくない心理が働く。

 

・大きな花火大会の群衆の中で「撮影者」の写真に「私」が写った場合はどうか。

この場合「私」は

お前は花火の写真を撮っているんだろう。絶対に私を写すな!!と主張する

「私」は花火を見にきたわけであって写真を撮られにきたわけではない。

 

「撮影者」はどうだろうか。

結果として「私」は写ったが花火と群衆の写真の中にたまたま「私」がいただけじゃないか!!そんなのは撮られたくないエゴじゃないか!!

 

こうだろうか。

撮られたくないエゴとはこれでいいのだろうか。

第三者の目からみると「私」の言い分も筋は通っているように見える。

特定個人を狙って撮っていた訳ではない「撮影者」の言い分もわかるような気がする。

でもこれで

・撮られたくないエゴを主張する撮影者

・撮られたくないエゴだ!!と主張する第三者がいた場合

趣味はカメラか写真撮影の人だと思うのよ。

ひょっとして

撮られたくないエゴって発想がすでに撮りたいエゴ

なんじゃないですかね。

この発想をした時点でカメラマン本位である可能性が高いと考える。

 

 

だけどね

私的な結論として

こんなエゴエゴ言ってたら息苦しくて仕方ないよね(笑)

スナップでもストリートフォトでも好きに撮ればいいのよ。

ただ被写体に対する配慮ね。配慮。 

お・も・い・や・り❤️

何でもそうなんだけど

撮らせていただいているって気持ちを持って撮影した方がいいと思う。

 

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